みかんせいじんにゃおぷのかなり個人的Blog
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野外ステージにて アイデンティティ
東京Jazzの野外イベントに出くわした。
国際フォーラム地上広場の野外ステージは会場の外側を歩く人達にも音楽を提供する。

偶然出会った方は得したもので、名のあるミュージシャンのライブを対価を払った人と大した差も無く聴いて行ける。
これは聴いて帰らない手はない。むしろ会場外の屋台で腹ごしらえしながらの方がジャズを聴く姿勢だろうとさえ思う。


今日の目当てはクリエイターのグループ展だった。
親しみと興味が深い品々。盆栽、陶器、磁器、染色、漆器、家具、写真…その一つだけでは生活は成り立たない、落ち着いたバランスのとれた空間。

漆器のプロデュースをしている人と話す機会があった。今は職人のタブーもやっていると。完全分業制では難しい。
作り手に話を聞けば聞く程、父の言葉を思い出した。
父もかつて職人で、作るに留まらない人だった。時代が時代なら目の前に居る”プロデューサー”という纏める職は
うってつけだったかもしれない。
その反面、父は作ることが好きだった。自分で手をかけることは、節約の意味もあっただろうが、
自分が作り手故に「作った方が早い」と思う人だった、と記憶している。作り方を知っているのだから至極当然な話だ。

グループ展の帰りに再び東京Jazzの会場横を通った。
程よく日も暮れてジャズを楽しむつもりでタダ席のベンチに座る。

少し遠いステージの照明と広場に響く音楽の中で父はどっちだったのだろう、と思う。
作りたかったのか、プロデュースしたかったのか。
祖父から言われて修行へ行ったけれど、実は別の素材をやりたかった、と聞いたことがあった。
その想いはどう収めたんだろう。
作りたいのか、纏めたいのか、魅せたいのか。
自分の悩みが同じに思える。
父がよく言っていた。職人は売り方を知らない。それで損をしていると。価値を安売りしていると。

目の前の音楽ステージも、その音楽が聞きたいアーティスト独りでは成り立たない。
場所を提供してもらい、徹夜で設営し、祭りの後の始末をする人があって。
高いと思う漆器も仕上げるのには何十工程とかかる手間があり、それぞれのプロが居てできることで、
一瞬にして出来るものではない。
職人に囲まれて育って、社会に出ても業界は違えど作り出す職人に接する経験も人並みより多いと思う。作る楽しみもわかるし、だからこそプロの凄さも知っている。
そこに到達する苦労は自分には不可能。そう思っていた。
それを知っている自分が、世の中のどんどん速くなる流れになんとか合わせようとするから苦しんでいるのかもしれない。
一瞬にして出来ることだけで世の中は出来ていない。
流れが速くなる程、時間が必要なことは見えている。

それならば尚更、音楽も漆器も、敬意を持って接したい。
偶然の出会いが次に繋がるときは、関わる人達にも敬意を持って、正しく対価を支払える人になろう。必ず。
それまでは有り難く音楽に癒され、入場無料のエキジビジョンに足を運んで五感を鍛えさせてもらおう。
自分の心の一部分がそう固まった。

具体的な夢と心の差が、少しずつ埋まって来た感覚が高揚したステージと歓声にシンクロした。

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